一本杖スキー

先週の土日、お付き合いのあるフェロートラベルのイベントに参加するために焼額山スキー場に行って来ました。今回は残念ながら参加者は少なめでしたが、日本とオーストリア国交150周年記念ということで、上越市からレルヒの会の皆さんが来場され、見事な一本杖スキーを披露していただきました。レルヒ少佐は明治44年に日本陸軍の視察に訪れた際に、上越市高田で師団将校に一本杖スキー(正確にはリリエンフェルト式スキー技術)を教えたことで有名です。ここから日本のスキーが発祥したといわれています。また夜の懇親会では日本人初のオーストリアナショナルチームに在籍した経験をお持ちの志鷹慎吾さんの講演を聞かせてもらいました。お話の中で、スキー発祥は紀元前であったことに驚きました。

 

 

 

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。ブログの更新をすっかりさぼっていたら、新年を迎えることになってしまいました。今年66歳になりますが、通院してくださる患者さん、嫌な顔一つしないで頑張ってくれているスタッフ、そして家族のためにまだまだ頑張ろうと思います。年末から続いていた冬型の気圧配置もひと段落し、きょうは雲一つない天候に恵まれました。皆さんの今年も今日の天候みたいに明るいものとなるように希望しています。この年になっても今日のような冬景色に淡い憧れをもって暮らしています。

三渓園

先週の土日に歯科医師会の旅行で鎌倉・横浜方面に出かけました。2日目の横浜では三渓園という庭園を見学しました。ここは明治末期から大正時代に製糸生糸貿易で財をなした原三渓が造りあげた、53000坪の日本庭園です。京都や鎌倉などから集められた17棟の重要文化財級の建造物と庭園が見事な調和を見せていました。最近はちょっと年を取ったせいか、このような雰囲気の中にいると、とても落ち着く気がします。見学時間が1時間ほどで、ちょっともったいない気がしました。いずれもう一度ゆっくり散策してもいいかと思います。

難局打開の鉄球

ちょっと前ですが、紅葉を見に新潟県の光が原高原に行って来ました。飯山市から関田峠を下って行くと、日本海を見渡せる絶景に出会うことが出来ます。紅葉には少し早かったのですが、そこに「難局打開の鉄球」の看板が。何かと思い近づいてみると、1972年2月に勃発した「浅間山荘事件」で山荘から人質救出に用いられた鉄球が展示されていました。当時私は学生で、東京の秋葉原の電気店のテレビが一斉に事件を生中継していたのを思い出しました。鉄球は2つ並んでいたのですが、一つは事件当日実際に集められた3つのうちの一つ、もう一つは後日この事件を題材にした映画のロケがこの地で行われたときに使われたものだそうです。幸いにも私は難局打開の鉄球が必要になるような場面にはあったことはありませんが、今後もあのようなむごたらしい事件が起こらないようにしてほしいものです。